池田大作の実像


池田大作の信心
 【勤行0分!!】
 【法要中足がしびれて・・・】
 【お茶飲みながら読経・唱題】

傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)
 【大統領の頬撫でる尊大な態度】
 【年上の頬撫でる尊大な態度】
 【幼児の顔に落書き】

仰天スピーチの証拠

「アメリカSGI&関西合同総会」で見せた奇行

入信直後に出したラブレター
 【文学青年(?)の"実力"がわかる池田の「ラブレター」】
 【池田大作が三宅妙子氏に宛てて出したラブレター】
 【入信当時の池田大作の文才を物語って余りある自筆の「詩」】

貸し金業時代

池田は「仏法西還」の先駆にあらず

"宗教社会主義"??



■池田大作の信心
【勤行0分!!】
池田の行動記録 池田の行動記録

池田の行動記録

池田の行動記録

池田の行動記録

・「十四時二十五分 勤行  十四時三十五分 手紙二通書く」→勤行10分
・「十三時十五分 勤行  十三時二十分 食事 広間 原稿」→勤行5分
・「十一時〇〇分 勤行  十一時〇〇分 離れに行かれる」→勤行0分
・「十四時〇四分 勤行  十四時一〇分 終了 おそば」→勤行6分

(学会が「月刊ペン」裁判の際に証拠として提出した"池田大作の行動記録")

▲学会が、自ら裁判所に提出した池田の行動記録(『慧妙』H18.5.1)=学会は、自ら裁判所に提出した池田の行動記録によって、池田の不信心ぶりを世間に曝(さら)した。


【法要中足がしびれて・・・】
EF足がしびれた池田
▲法要の際に足がしびれてしまった池田大作(『慧妙』H16.10.1)=総本山の大法要の途中、すぐに足がしびれて中腰になっていた(『慧妙』H18.1.1)


【お茶飲みながら読経・唱題】
Gお茶飲みながら勤行
▲昭和57年9月、第3回SGI総会終了後に、海外メンバーと共に神奈川文化会館で勤行する池田(写真集『あの日あの時』〈第三文明社刊〉/『慧妙』H18.5.1)

Hお茶飲みながら勤行
▲昭和58年3月、豊橋文化会館で地元の幹部と勤行する池田(写真集『あの日あの時』〈第三文明社刊〉/『慧妙』H18.5.1)

Iお茶飲みながら勤行
▲昭和58年5月3日、東京会館での「5.3」記念式典(写真集『あの日あの時』〈第三文明社刊〉/『慧妙』H18.5.1)

池田が、大勢の会員を率(ひき)いて短い勤行をした時など、呆れたことに、池田の前にある経机の上には、常に茶托(ちゃたく)と茶碗が置かれていました。つまり池田は、茶を飲みながら勤行をしていたのです。経机を卓袱台(ちゃぶだい)の代わりにして、茶を飲みながら勤行をする―池田の行体の弛(ゆる)みぶりには、開いた口が塞(ふさ)がりません。


■傲慢(ごうまん)不遜(ふそん)
【大統領の頬撫でる尊大な態度】
マンデラ
マンデラ
▲ネルソン・マンデラ南アフリカ共和国大統領(当時)の頬(ほほ)を撫(な)でる池田(上『フォーカス』H7.7.19/『慧妙』H18.8.1、下『慧妙』H18.9.1)=この一件は、マスコミも大きく取り上げた。このような尊大な態度を見せつけられ続ければ、"何をしても許される"と思い込んでも無理はない!?


【年上の頬撫でる尊大な態度】
頬撫でる

頬撫でる
▲年上の頬を撫でる池田(『慧妙』H18.9.1)=年齢差も、相手の立場も、全て自分を"偉大な師"に見せるために利用する池田大作(写真は、聖教新聞社刊『平和への旅』より)


【幼児の顔に落書き】
@落書き1

A落書き2

B落書き3
▲幼児の顔に落書きする池田(『慧妙』H18.9.1)=紹介する写真(@AB)は、昭和40年代、創価学会本部内で撮られたものです。『月刊ペン』裁判の記録によれば、池田によって顔に落書きをされた被害者は、当時、創価学会第1庶務に勤務していたYさんの娘。プライバシー保護のため被害者である幼児の目を隠していますが、少なくとも原版写真を見るかぎり、幼児が喜んでいるようには見えません。否、むしろ、困惑の表情をしています。
 親としては、たとえ相手が誰であっても、自分の子供が慰(なぐさ)み者にされるのを見て平常心でいられるわけがありません。
 にも拘(かか)わらず、池田大作は、平気で幼児を慰み者にしたのです。これぞ"自分は何をしても許される"という慢心の極みでなくして、いったい何でしょう。


■仰天スピーチの証拠
<仰天スピーチ>
◆んも-、イトマン平和会館なんて、名前変えた方がいいんじゃないか、うまく、ダメか、ウーマンぽい、ウーマンぽい、イトマンなんてウーマンぽい、ダメか、ダメか、もっといいねー、もっといいその、キンマン、イトマン、キン○○コだよ。(第68回本部幹部会H5.7.7)

◆宗祖大聖人が、この御本尊も、ただ信心の2字におさまると言われたのである。信心の2字の中にしか、本尊はないんです。本門戒壇、板御本尊、何だ。寛尊は「信心の中にしか本尊はない」と。ただの物です。いちおうの機械です、幸福製造機だから。(第70回本部幹部会H5.9.7)

<鑑定書>
鑑定書
▲「仰天スピーチ」の鑑定書(『慧妙』H18.11.1)=本紙は、問題の池田スピーチのテープと、シナノ企画から発売されていた『対話シリーズ』ビデオのうち、「池田SGI会長ヨーロッパ広布の旅」と題されたビデオを、声紋解析で有名な日本音響研究所に鑑定を依頼しました。(中略)こうして、問題のテープの声は、間違いなく池田大作のもので、編集・改ざんされてはおらず、本紙の反訳も正確であることが証明されたのです。以後、創価学会は、この件についてはピタッと沈黙してしまいました。


■「アメリカSGI&関西合同総会」で見せた奇行
 今回は、池田大作の品性がよく現われた1本のビデオテープを紹介します。
 そのテープに収められているのは、平成5年1月27日に、アメリカのロサンゼルスで行なわれた「アメリカSGI&関西合同総会」の模様。池田はその中で、聴衆の歓心(かんしん)を買おうとして、様々なパフォーマンスを繰り広げます。

居眠り勤行
▲"居眠り勤行"を演じる池田大作(『慧妙』H18.8.1)=「寝ながらナンミョ・ナンミョ・ナンミョ……何千べんやったって(御本尊に)当たらない」と居眠り勤行を演じて見せ……


弓を引く真似
▲弓を引く真似をして「バーン!」(『慧妙』H18.8.1)=「御本尊にピシャッと願いが通じるような、真剣勝負の勤行……」と語りながら、ピストルを撃(う)ったり弓矢を射(い)る真似をして見せるのです。


進軍ラッパ
▲壇上の幹部を皮肉って、進軍ラッパを吹く真似(『慧妙』H18.8.1)=スピーチの冒頭で、いきなり、アメリカSGI名誉理事長となったジョージ・ウイリアムス氏の批判を始めました。驚くべきことに、本人が幹部席にいるにも拘(かか)わらず、です。ウイリアムス氏には人望がなかった、と言いたい池田は、「1人で進軍ラッパ吹いていた」とラッパを吹く真似(まね)。要するに「笛吹けど踊らず」だった、と言いたかったようです。


馬鹿野郎
▲机をバンバン叩きながら「マッハロー、マハロー、馬鹿野郎だ!バッハロー!」(『慧妙』H18.8.1)


ビックリ
▲最後は、会員の歓声にオーバーアクションで「ビックリしたなァ、もー」(『慧妙』H18.8.1)=まともなスピーチもせず、会員を小馬鹿にしたパフォーマンスだけで帰ってしまった池田大作―彼が、会員のことなど全く大事にしていないことが、このビデオを見るとよく判(わか)ります。


■入信直後に出したラブレター
【文学青年(?)の"実力"がわかる池田の「ラブレター」】
ラブレター
▲『慧妙』H16.3.16=これによって即興詩のデッチ上げまでバレてしまった!?


【池田大作が三宅妙子氏に宛てて出したラブレター】
ラブレター
▲『慧妙』H16.4.1=「貴女のphotoを無理に頂いた私の心境を!」などと書く激励文がありますか?社会通念上、それは「ラブレター」と呼ぶのではないでしょうか。念のため、問題箇所を拡大して掲載しますので、よくご確認ください。


【入信当時の池田大作の文才を物語って余りある自筆の「詩」】
ラブレター
▲『慧妙』H16.5.16=これが、後に「世界桂冠詩人」などという称号を名乗って悦に入っている男の「詩」だろうか。しかし悲しいかな、この手紙は、まぎれもない池田の肉筆によるものなのである。一方、この「詩」と比較して、同時期に詠んだとされる「即興詩」があまりにも出来すぎている。しかも、その「即興詩」たるや、当時の池田が知り得るはずのない、戸田会長が後年に作った『青年訓』にソックリなのである。もはや、池田の入信神話がデッチ上げであることは、誰の目にも明らかであろう。


■貸し金業時代
大蔵商事時代
▲肩で風を切って歩いていた当時の池田大作/右は大蔵商事時代の名刺(『週刊新潮』H15.12.18)


■池田は「仏法西還」の先駆にあらず
『大白蓮華』昭和35年8月号
▲海外広布の進捗状況を伝える『大白蓮華』S35.8(『慧妙』H16.4.1)=そこには、「昭和35年4月調べ」として、「インド2世帯」と明確に


■"宗教社会主義"??
ゲバゲバ
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/ikeda.html
▲昭和44年7月の創価学会学生部集会にゲバ学生スタイルで出席した池田大作の勇姿(<遊撃インターネット>WS)=あれ(※大学紛争)は一種の精神風俗への感染症としかいいようなく、覆面にヘルメットというファッションは宗教団体にまで蔓延していき、創価学会の青年部の学生たちと一緒に池田会長までがヘルメットに覆面といういでたちで片手を突き上げ、「宗教社会主義」なる面妖な祝詞をとなえているのを何かのグラビアで目にしてあきれ果てたのを覚えている。(石原慎太郎『国家なる幻影』文芸春秋社H11・89〜90頁)
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かつて池田が唱えていたという実体のない「宗教社会主義」なる主義は、いつのまにやら完全に捨て去られた。社会主義とは対極にある「資本主義」の擁護者・自民党に擦り寄り、権力者気取りである。御本人は以前から「全体主義が1番」だと思っていたようですが・・・↓

●本当は、全体主義は1番理想の形態だ。(S47.6.15・第61回社長会での池田大作発言/『慧妙』H17.4.1)