教学全般
■「仏は人に尽くすもの」!?
▲『創価新報』H18.11.1(『慧妙』H18.11.16)=「民衆に尽くすのが仏」という珍説に文証はない
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民衆に尽くすリーダーが創価学会である(『創価新報』H18.11.1)
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民衆に尽くすことが仏法なのではない。尽くすだけでよいのであれば、それはボランティアである。
また、尽くすとはどういう定義なのか、はっきりしない。寺院に、悩みや問題を抱えた多くの人々が訪れていることは、紛(まぎ)れもない事実である。それも尽くしていることになるのではないか。
なお、尽くす尽くされるは、双方の主観的な感覚の部分であるが、創価学会の場合でいえば、むしろ学会が会員に尽くしているというよりも、じつは学会に尽くしている会員の方が、圧倒的に多いのが現実である。
いずれにせよ、どこの御書を拝しても、民衆に尽くせなどとは、一言も仰せられていない。五字・七字の題目を弘め、それを唱えていくことにより、衆生は幸せになる、と仰せられているのである。
ゆえに、末法は、不軽菩薩の行軌による折伏となる、というのが大前提である。
そのような、大聖人の末法における仏法弘通の大前提を無視している創価学会こそ、大聖人の御意を踏みにじる逆賊というべきであろう。
また、「仏とは民衆に尽くす存在」などというのは、まったく知恩・報恩・感謝を忘れた創価学会の体質を、よく顕わしている。