自公連立
■エリートとして処遇された盗聴犯
▲池田大作名誉会長が「伸一会」に「記念の句」を贈ったことと、「伸一会」名簿を伝える『聖教新聞』(H10.8.16)=第2期の序列3番目に竹岡容疑者の名前が…(『しんぶん赤旗』H16.3.6)
■創価学会と自民の“影のパイプ役”
▲公明党本部(左上)と自民党本部(右下)のパイプ役をはたした竹岡容疑者(背景は創価学会本部)=竹岡容疑者は自公連立政権が小渕内閣で発足した当初から、おもに自民党橋本派幹部との接触を深め、永田町の政界関係者の間では知られた存在でした。「創価学会本部へ直接話をつなげてくれる人物」(同派議員秘書)と評判でした。(『しんぶん赤旗』H16.3.1)
■当選した自民党候補に占める公明党推薦の自民党候補当選者の割合
▲「当選した自民党候補に占める公明党推薦の自民党候補当選者の割合」(『しんぶん赤旗』H15.11.12)
■公明党推薦の自民党候補の当選率
▲「公明党推薦の自民党候補の当選率」(『しんぶん赤旗』H15.11.12)=今回の総選挙でも、公明党は、198人の自民党公認候補を推薦しました。そのうち、160人が当選。実に8割もの当選率です。
■連立政権の組み合わせ
▲「1999年以降の連立政権の組み合わせ」(『しんぶん赤旗』H15.11.12)=もともと、"クッション"役は、公明党が野党時代に連立の"条件"として、自民党側に求めたものでした。98年の参院選後、野中広務官房長官(当時)から連立を打診された神崎武法代表が「それ(自公連立)にはクッションが必要だ」(『毎日』H11.7.25)と述べたといわれます。それまで野党として水面下で自民党を支えていたものの、公然と与党入りするためには「クッション」があった方が都合がいいという打算です。 自民党の側も党内の批判をおさえるために、緩衝材の存在が好都合でした。 その結果、自民党はまず、99年1月に小沢一郎氏率いる自由党と連立。その9ヵ月後に公明党が連立に加わり、自自公連立政権がスタートしたのです。その後、自由党が分裂したため、連立相手は、保守党、保守新党と変わりましたが、時々の緩衝材となって、自公連立がむきだしになるのを避けてきたのです。
■「平和」を唱えながら成立させた戦争傾斜関連法
▲「池田大作グループ(公明党)が「平和」を唱えながら後押しをして成立させた主な戦争傾斜関連法」(『フォーラム21』H15.10.1)