海外広布
フランス広布

フランス地図H19.11.16
面積:約55万ku(日本の約1.5倍)
人口:約6,290万人
住民:ケルト人、ゲルマン民族(フランク系、ノルマン系)などの混血
言語:主にフランス語。ほかにブルトン語、プロバンス語など


【国土世間】
 国土が緩やかな丘陵地や平野に恵まれ、気候も温暖なフランスは、農業大国として有名である。しかし農業だけでなく、自動車、石油化学、造船、航空などの工業も盛んであり、観光業においても外国人観光客受け入れ数世界第1位と様々な面を持ち、GDP世界第6位の経済大国である。
 反面、失業率が高いため、失業者による暴動も起きている。アフリカや中東からの移民の影響と言われている。
 日本においてフランスと言えぱ、「花の都パリ」に象徴されるように、芸術、文化、ファッションを連想する人が多いのではないか。事実、ファッション業界は文化貢献と経済貢献の意味から政府のバックアップを受けている。
 国民の約7割がカソリックと言われるフランスは、カソリックの歴史も古くカソリック教会の長姉とも言われる。同時にフランス革命以来の伝統として政教分離が徹底され、政府としてカルト教団への対処をしている国である。(『大白法』H19.11.16)


【広布の歩み】

<2003.8.30>
・パリに隣接するモントレイユ市に妙源山信行寺が創建された。

<フランス事務所は今>
 フランスは、現在事務所体制で、150名程度の直属信徒がおります。私たちには、1日でも早く寺院建設を成し遂げ、御法主上人猊下をお迎え申し上げる大目標があります。それに先立ち、昨年の10月、11月、宗旨建立750年慶祝記念海外信徒総登山には110名が参加しました。
 この登山に備えて「自我偈訓読」を精一杯稽古したことはもとより、フランス語で自我偈の意味内容を記したものを作成し、熱心に練習に努めてまいりました。稽古の終了時、私は参加者に強調してまいりました。「『毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身』の経文は、日蓮大聖人並びに歴代法主上人の御心中を明確に説示された御文です。その弟子信徒である私たちは、御本仏日蓮大聖人によって仏身成就していただくと同時に、私たち自身が、他の一切の人々の『仏身成就』を祈願できる境界を築かねばなりません。そのための具体的御指南が、『1年に1人が1人以上の折伏』ということです」と。
 本年の大目標、悲願である「フランス寺院建立成就」につき、読者各位の精神的支援を懇望しペンを置きます。(事務所責任者・毛利博道御尊師『大白法』H15.3.16)

インデックス
夫婦一体の折伏今年も目標達成/『大白法』H19.11.16

妙源山信行寺落慶入仏法要/『大白法』H15.9.16

活動報告/『大白法』H15.3.16


夫婦一体の折伏今年も目標達成
―パリ 信行寺―
―キリスト教文化の中、油断なく正法を伝持―

(『大白法』H19.11.16)

 2003(平成15五)年8月30日、パリに隣接するモントレイユ市に妙源山信行寺が創建された。8月31日にはパリ市内で宗旨建立750年慶祝記念ヨーロッパ総会も開催された。いずれも総本山第67世日顕上人猊下の大導師、御臨席を賜った大慶事であった。
 その日から発心を重ね、夫で講頭でもあるブルノー・ルウーさんを助け、夫婦一体で折伏に精進するマリー・エルソン・ルウーさんに、フランス布教の現況と、将来への展望、またご本人の決意を伺った。

〈Q〉マリーさんは本年8月の海外信徒夏期研修会に参加され、閉講式では参加者を代表して謝辞も述べられましたね。
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〈マリー〉はい、お陰様で各国の皆さんと楽しく有意義な研修でした。

〈Q〉直前に、76歳になるお母さんへの折伏が成就して、御授戒、御本尊御下付、さらに入仏式を済まされ、お母さんと共々に登山参詣されたと聞きました。
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〈マリー〉母に対しては長期にわたり折伏を進めてきましたが入信には至らず、今回のことは、奇跡と言ってよいほどのことでした。
 入仏式の際、母はご登山を決意していましたが、実現は夢のまた夢という状態でした。しかし、老齢で病気がちであった母が、毎日熱心に歩行訓練を重ね、ついにはご登山が叶い、総本山内では、むしろ私よりも元気でした。

〈Q〉ご主人共々日蓮正宗の信仰歴が長く豊かであるにもかかわらず、お2人共、入信を2003年3月とされているとのことですが。
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〈マリー〉はい、その通りです。主人は35年以上、私も20年ほどの信仰歴ですが、それは創価学会でのことです。主人は、青年部の最高幹部の1人として活動し、多大な過ちを重ねました。また、人間的にも未熟で、多くの方々に迷惑をかけてきました。そこで、2人でよくよく話し舎って、勧誡を賜ったその日を新たな入信日とし、1からやり直そうと決めた訳です。

〈Q〉フランスは、私たち日本人から見ると「花の都パリ」、豊かな文化国家という印象が強いのですが。
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〈マリー〉私たちも、その豊かさを享受している面は確かにあります。社会保障を含め他国と比べて恵まれた社会制度もあって、現代国家として充実しています。ただしその反面、個人個人の心理、社会の形態などあまりに複雑化し、個性、自由、平等の尊重を主張するあまり、心の豊かさ、他者への思いやりの欠如が深刻な社会問題を発生させています。かくいう私も、人生の半ば以上は甘えや我がままのために自分を苦しめ、他人を悩ませる在り方でした。私も含め、
 「心の師とはなるとも心を師とせざれ」(御書794頁)
との御金言に背き、自己中心の在り方に終始しているのが、フランスの特徴と言ってよいと思います。幸い私は日蓮正宗の信仰に縁できましたが、正しく常識豊かな言動を基に1人でも多くの人々に正法を伝え持たせたいと思います。

〈Q〉フランスにおいては、折伏の推進とその成就には多くの困難があると伺っていますが、どのような難しさでしょうか?
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〈マリー〉折伏が容易でないのはフランスだけではないでしょうが、特に伝統的にカソリックの教えと精神が縦横無尽、それこそ隅から隅までキリスト教文化の中にあります。有形無形、知らず知らず六根のすべてがその影響を色濃く受けているという現実を認めざるを得ません。油断すると、いつの間にか自らの心身が日蓮大聖人の仏法の教義と精神から遠く隔たってしまうという雰囲気の真っただ中にあります。したがって、他者への折伏と同時に、まず自身への折伏を瞬時も忘れてはならないと自誡しています。

〈Q〉フランスにおける哲学は、高く深いものとして知られていますが、人々の仏教観は、どのようなものですか。
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〈マリー〉フランスの知識階層にとって仏教は、宗教というよりは哲学の1つとして認識されている状況にあります。フランス人にとっては、理解・判るということがすべてであり、仏教理論を学習研究し、瞑想が加わって頭脳的に満足すれば、それが「成仏」と思っています。日本やアジアの法華講の皆さんの眼から見れば、「仏法の本質から遠く外れた人々」と見られても仕方がないと思います。
 また仏法と言っても「ZEN(禅)」や「チベット仏教」等はフランス人にとって受容し易い、言わば仏法を信行するのではなく、思索・研究としている感があります。

〈Q〉お話を伺っていると、日本の私たちとは、別次元でのご苦労が多いと実感します。そのような状況の中で、何故、日蓮大聖人の仏法が求められるのでしょうか。
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〈マリー〉2つの大きな理由があると思います。第1は、東の思想つまり仏教、中でも日蓮大聖人の仏法は、「善と悪」、「神と人」という2極の対立を超越した「妙」、「中道」を完全に説き切って、西の思想つまりヨーロッパの哲学の行き詰まりを実感している人々に希望を開いているということです。
 第2は、一見豊かなフランスですが、他国と同様に富の差別化が進み、また個人主義、自由主義の伸展の中で多くの社会的矛盾が生まれ、新たなる深刻な苦悩が全体に充満しつつあります。四苦八苦の存在はどの国でも変わりがないはずですが、これに直面したときに「挫折するか」「超越するか」の2つに1つしかありません。大聖人の仏法、日蓮正宗の信仰には、人生の苦悩を根本的に解決する
道が開かれていますから、今はこれに気がつく人が少なくとも、私たちの熱意で、求法の人々は必ず多く誕生すると確信しています。

〈Q〉信行寺の法華講結成は2005年9月と聞いていますが、現状を聞かせてください。
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〈マリー〉フランスは、宗教的存在・宗教的活動を認め保証する法律がありますが、日本や他国と同一の展開は不可能です。現在、活動家と言い得る人数はとても少ないのですが、昨年、本年と折伏目標は成就できました。また、嬉しいことに、この1年間は多くの家庭で法統相続が実現し、それぞれ新規に御本尊を御下付賜っています。

〈Q〉今後の抱負を聞かせてください。
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〈マリー〉2009年7月を中心とする『立正安国論』正義顕揚750年に対する私たちの使命・役割の完遂を一大目標にしています。ただしそれは広宣流布の大願業成就への1里塚です。異体同心は言うほど簡単ではなく、難しい面もありますが、これを実践しながら相互に認め合い、助け合い、励まし舎って行けば必ず、本門戒壇の大御本尊・日蓮大聖人の大慈大悲を賜って1人ひとりの功徳溢るる人生が築かれ、また自ら一国広布への前進の礎も確立されると考えています。私の目標は南条時光殿の奥方のごとく「婦徳」を具えた信仰者をめざす、賢女でありたいとの自覚を強めているこの頃です。

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モントレイユ市で妙源山信行寺落慶入仏法要
(『大白法』H15.9.16/<妙音>WS)

 8月30日、フランス共和国モントレイユ市において、妙源山信行寺の落慶入仏法要が、御法主日顕上人猊下大導師のもと厳修された。同国では、平成5年2月17日付で宗教法人「日蓮正宗仏教寺院」が設立、早速フランス事務所が開設された。その後寺院の建立をめざして僧俗一体となった努力が重ねられてきた。その結果、先に土地・建物を選定、晴れてこのたびの待望の慶事となったものである。
 8月28日午前11時27分(日本時間)、新東京国際空港(成田空港)をお発ちになった御法主上人猊下には、総監・藤本日潤御尊能化、海外部長・尾林日至御尊能化、大石寺主任理事・八木日照御尊能化、大石寺理事・小川只道御尊師が随行し、妙縁寺住職・光久日康御尊能化をはじめ21名の御僧侶方と共に同日午後4時20分(現地時間)、フランスのシャルル・ドゴール空港に御到着あそばされた。また、信徒もフランスを中心に各国の信徒代表120余名が参集した。
 30日、午前10時過ぎ、御法主上人猊下には御機嫌うるわしく信行寺に御到着。早速正面玄関とロビーに掲げられた寺号額並びに山号額の除幕式に臨まれ、続いて順次御目通りが行われた。法要は午前10時半に開始され、御法主上人猊下の御出仕に続いて御開扉、献膳の儀、読経、慶讃文奉読、唱題と如法に奉修された。この後、御法主上人猊下より新寺院建立についての甚深の御言葉を賜った。
 式の部に移り、まずシリル・イサベルダンス氏より経過報告、次いで藤本総監より宗務院代表祝辞、さらに信徒代表の祝辞と続き、最後に初代住職に就任された毛利博道御尊師より丁重な謝辞が述べられた。法要終了後、御法主上人猊下には、「アカシア」の御手植え、さらに記念撮影に臨まれた。
 新寺院は、パリ市東郊に位置するモントレイユ市に開設され、シャルル・ドゴール空港より車で30分、最寄りの地下鉄クロワ・ドゥ・シャヴォー駅より徒歩5分の好立地にあり、鉄骨コンクリート造り、地下1階、地上2階建ての堅牢たる法城である。


<御法主上人猊下御言葉/落慶法要祝賀会の砌>
 本日の妙源山信行寺の落慶入仏法要が滞りなく、かつ盛大に挙行され、皆様と共に心より喜ぶものであります。毛利博道住職の志により、このような祝賀の宴の招待にあずかり、厚くお礼を申します。また特別に、各国信徒の篤志の方々にも、このたびの信行寺建立について様々な尊い御供養を頂き、立派に寺院が建立できました。本当に仏祖三宝尊にも御照覧のことと存じます。有り難うございました。
 私が登座以来、海外広布ということはたいへん重要なことと思って対処しておりました。アメリカは前から寺院が出来ておりましたが、創価学会は、寺院はあくまで創価学会の組織の一環であり、住職、僧侶は創価学会の使用人であるというような考え方で来ておったのであります。それをきちんとした形で、すなわち宗門の寺院として設置したのは、先々代の海外部長で、現在の大宣寺住職・菅野日龍師でありました。その時からNST(Nichiren Shoshu Temples:宗教法人日蓮正宗寺院)というものが生まれて、創価学会の寺院支配の在り方から一線を引いて、きちんとした日蓮正宗の寺院の運営ができるようになったのであります。
 そのような中で、私はヨーロッパ、特にパリにどうしても寺院を建立して、日蓮正宗の世界広布の足掛かりを作っていきたいと思っており、それを池田大作に相談したところ、「それでは一生懸命やってまいります」と口先ばかりで、「パリヘ行ってきます」と言って、帰国して私の所に来ては「やはり、だめでした」と言うのです。それが2回、3回、4回、5回と、いつも同じことを言うのです。あまりにもそういう姿が続くものですから、これは、おそらくヨーロッパに日蓮正宗の寺院を造らせたくないのだというように考えざるをえなくなりました。そして6回目か7回目の時でしたか、ハンコでも押したように「だめです、だめです」と言うので、要するにパリに正宗寺院を造らせたくない腹が明らかに見えたものですから、「それではもう結構です」と私がひとこと言ったら「あー、よかった。その言葉を待っていました」というような感じで、それからあとはぷつんと何も言ってこなくなったのであります。彼の面従腹背の腹黒い性質はまことに明らかであります。
 そういうことからも、ヨーロッパに寺院の建立ができないような状態でありましたが、平成3年の5月以降、それまで創価学会一手にまかせていた海外広布を宗門が行うようになり、まず初めにスペインに妙昌寺(マドリード市)が出来ました。さらには、なんとかパリに寺院を建立したいと思って努力してまいりましたが、色々な隘路(あいろ)もあったらしく、今日まで実現には至らなかったのであります。
 しかるところ、7年前から毛利君がこのパリの事務所の責任者として大変な努力をしてまいりました。先任者もそれぞれの立場において努力をしてきましたが、時が来なかったのだと思います。そして今回、本当にその時が来て、立派に日蓮正宗の寺院が信行寺として発足したことを、私は宗門の世界広布のためにも本当に有り難いことと思っておる次第であります。
 毛利博道房は以前、台湾に赴任しておりましたが、今日のあの台湾の広布前進の姿、特に現在の布教の中心者である黒沢糾道房もこの席に来ておりますが、台湾が宗門の正しい教線のもとにきちんとした形を整えていく元を作ったのは毛利博道房だったと思います。そして今回もまた、このパリにおいてこのような立派な事業を果たしてくれました。要するに博道房は、「パイオニア」という言葉がありますが、本当に開拓者であると思います。そのような種子が本当に実って、宗門のためにはうれしいかぎりでありますが、この成果を元として、さらにこのパリにおいて、ヨーロッパの広布のために尽力をしてもらいたいと思います。日々の健闘を心から祈って、本日のお礼の言葉といたします。


<経過報告 シリル・イザベルダンス>
 御法主上人猊下を当フランスの地にお迎えできましたことは、私共にとって大きな喜びであります。御法務繁多の中、この遠隔の地まで御尊体をお運びいただき、本日の記念すべき法要を御奉修いただけますことは、私共にとってこの上ない栄誉であり、どのような言葉も私共の感謝の気持ちを表わすには十分ではありません。御法主上人猊下、まことにありがとうございます。
 大聖人様の仏法が当フランスに流布され始めたのはわずか40年ほど以前のことであります。そして多くの人々が日蓮正宗に縁し、純粋に大聖人様の仏法を求めてきました。しかしながら、キリスト教の風土に生まれ育った人々にとって、この地球の裏側からもたらされた深い教えの本質を汲みとることは、非常に難しいことでもありました。こうしたことから、せっかく大聖人様の偉大な仏法にめぐり合いながら、束の間の縁を結んだに過ぎない人々があり、また過って、あるいは盲目的に、その教えを自分の都合のよいように解釈を加え、勝手に独り占めしようとした人々もありました。
 フランスは仏法有縁の国ではありません。それ故、御本仏の御心を正しく理解するには、大きな困難が伴います。この40年来、フランスにおいて日蓮正宗の信心に縁した人の数は、恐らく1万人を超えることでしょう。しかしながら、今日までその信心を持ち続けてきた人の数は非常に限られています。
 多くの煩悩を重ねながらも忍耐強く、自らの誤りを矯正し、真摯な精進を貫いてきた人々が、今日この信行寺における法要に参加させていただいております。この人々の感慨はいかばかりでありましょう。まことに不思議なことであると言えるでしょう。過去何十年もの間に、日蓮正宗に縁し、大聖人様の仏法をともかくも実践した人々の数と比べたなら、今日、日蓮正宗信徒として名を連ねている人の数は、ほんのわずかでしかありません。しかし、この人々こそが将来、大聖人様の仏法がこの地に華を開かせるための種子であり、フランスにおける法華講の原点となっていく人々であります。
 大聖人様の仏法がフランスにもたらされて30年たった1991年に、ようやく御法主日顕上人猊下から、御僧侶を派遣していただくことができました。御法主上人猊下の思し召しは、まず、フランスに1つの道場を建立するということでありました。こうしてフランス人信徒が、御僧侶から大聖人様の仏法を説いていただけることになったのです。これは、それ以前の30年間には考えることもできないことでありました。
 こうして、尾林日至御尊能化が何度かフランスを訪れられ、山田容済御尊師、関快道御尊師が、フランスに滞在され、信徒の教導にあたってくださいました。御僧侶をお護りするという精神に基づき、「宗教法人日蓮正宗寺院協会」が発足したのもこの頃のことであります。この協会は、法要等の宗教行事を行うためには欠くことのできないものであります。
 しかしながら、信心の道場の建設に関しては、根気強く物件取得のための調査等を続けていたにもかかわらず、条件はなかなか整いませんでした。こうして12年が過ぎ、その間、それまでとはまったく変わって、信徒一人ひとりが日蓮正宗の正しい化儀を学び、日蓮大聖人様の仏法を身につけてきました。一人ひとりが正しい基本に則り、自らの求道心を深めていくことができるようになったのです。
 毛利博道御尊師が、待望のビザを取得されたのは8年後の、1999年であります。以来、毛利御尊師は、止暇断眠、不自惜身命を文字通り実践なされ、信徒の教導、激励に当たってこられました。こうした毛利御尊師の御精進から、翻訳にたいへんな困難の伴うフランス語版経本も完成したのであります。
 そうした時に、御法主日顕上人猊下から改めてフランス道場の建立の御意志が示されました。私たちにとっては、待望の道場建立の時がいよいよやってきたのだと奮い立ちはしたものの、行政的、財政的、社会的な面における複雑な種々の問題点は山積し、これらの困難を乗り越えることが不可能と思えるような状況でありました。それから、一度は中断した形となっていた物件取得への活動が再開されました。現地調査、設計案立案、断念ということが繰り返され、ついに立地条件等がこちらの要望に適った場所がパリ南方の郊外に見つかり、売買契約書のサイン直前までこぎつけましたが、土壇場で特別の理由もなしに売り主から売却を断られました。私たちは唖然とし、非常に落胆いたしました。それから何力月かというものは、すべてが中途半端なままの状態が続き、まるで時が止まってしまったように思われました。
 こうした時、御法主上人猊下の思し召しが奈辺にあるのかを聞かれたある御信徒から、この道場を寄進したいとの申し出がありました。種々の障害は以前と同様山積しているにもかかわらず、すべてが一斉に、しかも迅速に動き出しました。土地建物が購入され、フランスの地にいつの日か妙源山信行寺が建立されるべき条件が整い、それに向けてあらゆることが進められてきました。
 その「いつの日か」という日が今日であります。
 この仏法の道場建立への御報恩、そしてそのことによってフランスの人々が苦悩から解放され、一人ひとりが即身成仏が現実のものであると証明できることが可能となったということへの御報恩は、一生で尽くしきれるものではありませんが、私たちは残された人生をそのために燃焼させていかなければなりません。
 この工事に当たって、現場のコーディネートを担当してくださったピエール・ド・ヴィエル氏の献身的な仕事及び、工事施工業者の代表として本席にいらっしゃるガシュラン社代表、ダニエル・カザリージ氏のプロフェッショニーズムとその卓越した技量に心から御礼申し上げます。このお2人をはじめとする工事関係者の並々ならぬ努力によって、3カ月半という、通常ではとても考えられない短期間に、本日の落慶入仏法要が可能となりましたことに深く感謝しております。
 最後に、御法主日顕上人猊下のますますの御健勝と御宗門の御隆盛をお祈り申し上げて、経過報告とさせていただきます。まことにありがとうございました。

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活動リポート'03
(『大白法』H15.3.16)

 ヨーロッパ先進諸国は、近年右傾向が著しく、フランスも例外ではない。
 研究対象としての仏教が歴史的に先行し、チベット仏教や禅がポピュラー化しているフランスにあって、日蓮大聖人の仏法を正法のままに布教することは、文化の相違や政治状況の複雑さと相まって、困難が多い。
 「高度な文化を有し、豊かな精神を具えている」と自負するフランスではあるが、内面に抱える諸問題や苦悩は多種多様で、この国こそ、尊貴なる妙法によって救済されることを渇仰していると強く実感する。
 このような中で、近年、折伏に、新入信徒と共に活躍されている中から、三名の方を紹介する。この方々に共通している姿勢は、
一、日々の信行学の着実な実践
一、総本山への登山参詣
一、フランス事務所への参詣と外護
一、強い折伏精神とその実践、並びにその具体的成就
一、職場、家庭における社会性の重視
である。

こうした基本を大切にする地道な努力が布教の前進に直結すると考えられる。

初めに紹介するジャン・ピエール・ルグランさんは、コルシカ島の中心部に住む壮年である。彼が毎週末訪問するコルシカ在住の他の信徒宅への交通手段は、車で山道、難路を行くか、もしくは1日3便の山岳鉄道しかない。
◇◇
〈Q〉四国の半分近くもあるコルシカ島内に4人の信徒。その中心者としてのあなたの真心の行動には頭が下がります。モットーをお聞かせください。
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〈ルグラン〉私自身、何の力もなく、生活も決して楽ではありません。ただし、大聖人様が、「苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思ひ合はせて、南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ」(御書991頁)と仰せです。この精神を、他の信徒にも実行してもらおうとの思いで、何事にも挑戦しています。

〈Q〉いつも若々しく、誰に対しても親切ですね。また、毎週末の3軒の信徒宅の家庭訪問等、活動的で今後が期待されます。
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〈ルグラン〉私はトライアスロンの愛好者です。遠泳、自転車、マラソンの3種をこなすものです。競技中の苦闘は、コルシカに住む信徒が置かれている困難な現況そのものです。ただし、大聖人様の仏法、日蓮正宗の教えは、あらゆることを、無条件で転換させる力用があることを確信していますので、何の心配もありません。

〈Q〉昨年、海外信徒総登山では、カメラマンとしても活躍されましたね。
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〈ルグラン〉総本山で感じたすべての功徳を、人生に反映していく覚悟です。今後、一層折伏を実践し、新入信徒へ念入りに激励し、有徳の人をめざします。

次に紹介するのは、エレーヌ・ユンさん。エレーヌさんは、信行学の全般、殊に折伏について、模範的な婦人信徒である。
◇◇
〈Q〉あなたの折伏の努力と、その成就の原動力は何ですか。
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〈エレーヌ〉「憶持不忘」ということだと思います。いつでも、どこでも、誰にでも「成仏と幸福をめざしましょう」という精神で対応します。自身としては、大聖人様の大慈悲と御法主上人猊下の御意の憶持不忘を心がけております。

〈Q〉レストラン経営、家事、同志の方へのお世話等、多忙の毎日ですが、いつも笑顔を忘れませんね。
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〈エレーヌ〉毛利御尊師から常々、「当知是処。即是道場」の精神を学んでいます。職場にいれば、そこでの立居振る舞いが仏道修行、運転中は車中が道場でハンドルを握る手が合掌の姿、道を歩く1歩1歩の足もとが道場。折伏行は、私に無上のエネルギーを与えてくれます。

最後に紹介する藤島穎子さんは、パリ市内に住し、真心あふれる折伏で日本人を含め多くの入信者を輩出していて、画家としても活躍する婦人である。
◇◇
〈Q〉藤島さんの住居は、常に多くの訪問者があり、唱題と談笑の声が絶えませんね。
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〈藤島〉フランスは、私にとって画家としての生命活動を支え与えてくれる大恩ある国土世間です。そこに住する報恩の具体的実践として、一人でも多くの方に、仏法の尊さを伝えたいという一心で過ごしています。

〈Q〉アパートの屋根裏部屋がアトリエも兼用。仏間、仕事場、生活空間。狭い場所に絶えず多くの人が来訪しますね。何かと苦労が多いはずですが。
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〈藤島〉私自身が小さいですから大丈夫です。大聖人様は、「一日に十度二十度来たれる人なりとも、千里二千里来たれる人の如く思ふて、礼儀いさゝかをろかに思ふべからず」(同921頁)
と仰せです。限られた力と時間を精一杯使って、四恩報謝の人生をと念じています。

〈Q〉先日、市内のブティックで、藤村さんの絵がカードとして販売されていました。
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〈藤島〉大聖人様の甚遠な仏智と広大な慈悲のほんの一分でも作品に描き表したいと考えています。小さな作品でも真剣勝負です。折伏は私の芸術活動の源泉です。

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